DXによる最新事例

トラスト担保したプラットフォーム共有
たなエコシステム社会課題解決

富士フイルムグループはDXビジョンとして、「イノベーティブなお客様体験の創出と社会課題の解決」「収益性の高い新たなビジネスモデルの創出と飛躍的な生産性向上」を掲げている。DXビジョン実現を目指す上で、重要なキーワードの1つが「トラスト」だ。トラストを担保したプラットフォーム上で、既に新たなエコシステムが事業として動き始めている。経営コンサルタントの視点を交えつつ、先進的な2つの事例を通じて同グループのDXの実像に迫る。

健診データのエコシステム
DXによる新規事業の創出へ

富士フイルムホールディングス株式会社 執行役員 CDO ICT戦略部長兼イメージング・インフォマティクスラボ長 杉本 征剛氏
富士フイルムホールディングス株式会社
執行役員 CDO
ICT戦略部長兼イメージング・インフォマティクスラボ長
杉本 征剛
 富士フイルムグループにおけるDXが着実に進行している。同グループはDXをステージⅠ~Ⅲの3段階で定義しており、各事業がスケールアップやステージアップに向けた取り組みを加速している。ステージⅠでは価値の継続提供、Ⅱでは価値の最適化、Ⅲでは持続可能性などが重要なテーマだ。

 「当社はCSR計画『SVP2030』で、事業活動を通じた社会課題解決、サステナブル社会の実現へのさらなる貢献を掲げています。こうした上位目標と整合する形で、DXロードマップを策定しました」と富士フイルムホールディングスの杉本 征剛氏は語る。

 同社のDXで重要な位置を占めるのが、デジタルプラットフォームだ。事業領域ごとに個別最適化されたデータやインフラではなく、プラットフォームを共通化してDXを推進している。ただし、DXのステージアップに伴い、外部とのつながりは密になる。ステージⅢになるとパートナーやサプライヤーとの連携は不可欠だ。そこでキーワードとなるのが「トラスト」だ。

株式会社 企 代表取締役 クロサカ タツヤ氏
株式会社 企
代表取締役
クロサカ タツヤ
 デジタル空間における基盤構築に関する知見を有するコンサルタントのクロサカ タツヤ氏は、次のように語る。

 「データの漏えいや改ざんの懸念を払拭し安全性を担保することが、企業間連携の大前提であり、必要条件です。その上で、トラストのある状態を実現するためには、関係するステークホルダーが互恵関係にあることが求められます」

 富士フイルムは今、デジタルトラストプラットフォーム(以下、DTPF)の構築を進めている。大きな狙いは企業の現場間での連携の活発化だ。

 「DTPFに多くの企業が参加し、多様な価値をやり取りしながら、参加各社のビジネス成長と社会課題の解決を目指す、そんなビジネスエコシステムづくりを進めています。そのために欠かせないのが安全性です。将来的には他のエコシステムとの連携も視野に入るでしょう」と杉本氏。

 その一例が、AI技術を活用した健康診断センター「NURA」での健診データの活用だ(図1)。NURAはインドとモンゴルで事業を開始し、既に2万3000人が健診サービスを利用している。そこで得られたデータを活用する仕組みとして、耐改ざん性に優れたブロックチェーン技術を採用したDTPFを構築し、データ活用による新規事業への取り組みを始めている。
図1
健康診断センター「NURA」のデータ活用実証
健康診断センター「NURA」のデータ活用実証
NURA の健診サービスは現在、インド4 拠点、モンゴル1 拠点で実施されている。今後は、アジアやアフリカなど新興国での事業拡大を見込む。世界各地の企業とのパートナーシップづくりとともに、保険や製薬などの分野のデータ活用企業との連携の実現と、健診データを軸としたエコシステムの形成を目指す
 「データオーナーは健診の受診者です。受診データは日本で分析した上で、本人にフィードバックされ、さらに本人の同意に基づいて活用できます。データを保険会社に提供すれば、本人に適した保険商品の提案に役立つでしょう。創薬分野などにも活用は可能です。NURAの現場と、データ分析、保険・創薬などの現場との連携をDTPFで実現すべく、実証を開始しています」(杉本氏)

 インドでは、現地医療法人との間で設立した合弁会社が健診サービスを提供。モンゴルでは、地元企業とのパートナーシップのもと、NURAを展開しており、様々なプレーヤーが参加する基盤としてDTPFは機能している。

 「日本では当たり前の健診ですが、世界を見れば普及していない地域は多い。そうした地域の社会課題解決に資することが、何よりも重要です。そうしてユーザーから信頼され、事業成長とともに膨大なデータが蓄積されることで、新たな事業機会が見えてきます。トラストをバリューチェーンにうまく組み込んだDXの好例といえるでしょう」とクロサカ氏は評価する。

SCMの高度化に向けて
ブロックチェーンで信頼確保

 現場間連携を促進するDTPFは、サプライチェーンにも適用されている。

 「当社とサプライヤーとのやり取りでは長い間、電話やファクス、メールなどが用いられていました。サプライヤー側で受注を担当する現場は、当社を含む多くの取引先との数量や納期などの管理に相当の工数をかけています。こうした課題解決にDTPFが役立ちます」と杉本氏は語る。

 グローバルサプライチェーンの参加者をつなぐDTPF上には、富士フイルムが生産計画を記した台帳が置かれている。各サプライヤーはここにアクセスして納期回答をしたり、自社の生産管理部門に準備を依頼したりする(図2)。
図2
DTPF上で展開する高度なSCM
DTPF上で展開する高度なSCM
DTPF上に構築されたSCMのアプリケーションは受発注などに関する情報のやり取りをスピードアップし、突発的なトラブル発生時などの柔軟な対処を可能にする。コロナ禍の時期、多くの分野で工場の停止などによりサプライチェーンが混乱した。富士フイルムグループでも類似の例が見られたという。その経験もSCMを見直す1つの契機になったという
 「伝言ゲームのような情報伝達ではなく、全員が1カ所に集まって情報を参照するので情報の流れが速くなりました。あるサプライヤーが納期に遅れそうなときには、早めの対策を講じることができます」と杉本氏。

 NURAやSCM領域におけるDTPFには、データの信頼性確保のためにブロックチェーン技術が用いられている。

 「DXの取り組みを始めた当初から、トラストの担保は最大の関心事でした。私たちはブロックチェーンを分散型データベースととらえ、多企業間の情報連携に活用しました。まずDTPFの基礎を構築した上で、NURAやSCMのアプリケーションを開発。実証を経て、事業としての拡張を進めているところです」(杉本氏)

 一般に、DXプロジェクトは複雑になりがちで、全体のマネジメントは容易ではない。ときには困難に突き当たることもあるだろう。杉本氏のDXへの向き合い方は次のようなものだ。

 「まず、エンド・ツー・エンドで考えること。SCMを例にとると、需給予測から生産計画、調達などの一連の流れがある中で、例えば生産だけでDXを進めても大きな効果は得られません。プロセス全体を視野に入れ、優先順位をつけて1つずつ実行する姿勢が大事です。当社のDXはSCMに限らず、長期的な視点で社会課題の解決を目指していますが、そこでは、DXを推進するための技術の見極めも重要です」

 技術の見極めについて、クロサカ氏は「幅広い技術動向への目配りが重要なのは当然ですが、個々の技術をどのように評価するか、目指すゴールや達成事項からのバックキャストで自社なりの指標を持つことが要諦です」と語り、解決したい課題の特定、ステークホルダーの明確化、製品のバリューチェーンやライフサイクルの構想を明確にすることの重要性を指摘する。いずれも、経営のコミットメントは必須だろう。

 エンド・ツー・エンド、技術の見極め、経営のコミットメント。これらは、多くの企業のDXに求められる重要な要素といえるかもしれない。
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