特別企画

ペンタックス「J limited 01」とはどのようなカメラなのか(その2)

細部のこだわりに迫る GR IIIベースのカスタマイズモデルも

J limitedプロジェクトのメンバーを代表してTKO氏(右)とアニキ(左)にデザインアプローチやコダワリポイントを掘り下げて聞いていった

J limited 01が4月30日に発売された。今回、このカスタムモデルにかける意気込みや魅力を探るべく、J limitedプロジェクトメンバーよりTKO氏とアニキに登場してもらい、デザインのポイントや苦労したこと、裏話などを聞いていった。塗装やシリーズの意図についてお伝えした1回目に続き、今回は同モデルの大きな特徴ともなっているグリップやマウントの仕上げについて掘り下げていく。また、J limited online event 2020 “Morning & Night”にも登場したGR IIIベースのカスタムモデルも確認。デザインの意図を少しだけ教えてもらった。

指の自然なかかり具合を追求したグリップ

グリップの仕上げは株式会社ミロクテクノウッドが担っている。ウォールナットの削り出しで成形し、これに9層でコーティングを施す。塗装自体も何層か塗っては磨いて、という作業を繰り返して、最後に磨き工程を加えることで仕上げられている。これだけでも、相当の時間を要する加工が施されていることが想像される。

赤グリップは、グラデーションによる仕上げとなっている。手吹きによる仕上げとあいまって、深みのある赤が魅力だ。対して、黒のSUMIグリップは、墨運堂の最高級墨「天爵」を塗布した後にコーティング加工を施すことで仕上げられている。墨に含まれている膠が独特の輝きの秘密なのだという。

TKO氏によれば、グリップを握り込んだ際に指が自然に収まる位置を探っていったのだという。指が自然に収まる位置とは、つまり指の位置の固定化を目指したのだと続ける。

縦位置グリップを装着した状態。この状態でも自然に指がかかる
握った時に手の位置を誘導するカタチ。握った時に小指がせりあがる感じ。小指がせりあがる分、中指に力配分がくる分、ガッチリと握ることができる

グリップ部は中指がくる位置から下方にかけて傾斜がつけられているが、これが見た目以上に指かかりの良さに貢献している。グリップの下側もなだらかなカッティングとすることで、指のかかり方が誘導できるようにしているのだ、とデザインのポイントを語るTKO氏。手が小さめの人であれば、この拡張グリップ部に小指を置いた使い方ができるし、大きめのレンズを装着したり、グッと握り込む時には拡張グリップの頂点部から下側にかけての逆傾斜が指がかりとなりグリップの安定性が得られる。

絶妙なカッティングが指の位置を誘導し、自然に自身の持ちやすい位置に指の位置を誘うべく形状の工夫を重ねていった。目指したのは「意識せずに自然に握れるグリップ」だ。飛行機の操縦桿や工事用の重機、本物の銃機器なども握ることを繰り返す中で、使い方を誤ると大きな事故につながる可能性のあるプロダクトでは、握りやすい、握りづらいといった次元ではなく、まさに“そこにしか手がいかない”モノづくりがなされていることを実感したのだと続ける。そうした体験をふまえて、試作を繰り返していったと話す中で「ようやく出来たという感覚があります」と振り返るTKO氏。理想とするグリップが形になった。

ちょっと前にグリップがせり出す形状は、35mm判フルサイズ機ならではの問題解決も意図したものとなっている。どうしてもレンズが大きく重くなってきてしまうことから、重心が前のめりとなってしまう。だからこそ、ふんばりをきかせるために、このカタチにしている。同社の中判デジタル一眼レフカメラ「PENTAX 645D」も大きく重いレンズの装着・使用をみこんで、同様のアプローチになっているのだという

ところで、この拡張グリップはツヤ感の高い仕上げが特徴だが、見た目に反してかなり滑りづらくなっている。むしろ握り込むと指に吸いつくような感触があり、高いホールド感が実感できる。ディンプル加工のグリップラバーと符号する飾り穴の仕上げも一体感を高めているポイントだろう。

株式会社ミロクテクノウッドとの出会いにもエピソードがある。どちらの色も鮮やかながら深みのある色再現となっているが、それは単に素材を揃えたからできるというほど簡単なものではない。これを実現できるメーカーを探していったところ、ミロクに行き着いたのだとアニキは話す。

今回のモデルでは漆調のウッドグリップという前提がイメージにあったのではなく、何の制約もない状態で自身がカッコいいなと思ったカタチをデザインし、素材を選んでいったことが出発点になっているのだと話すTKO氏。もちろんグリップ単体ではなく、カメラ全体のデザインで「こんなカメラがあったらいいな」という自身の求めるイメージが原点になっていたのだと続ける。

そうしたイメージに沿ってプラ板やパテで手づくりしていった「原型」がSNS等を通じて大きな反響を得たことが、本格的な検討につながっていったのだと明かす。

ちなみにグリップ自体は当初から「握りやすさ」を強く意識して形状を追求していったのだという。目標は“そこにしか手がいかないような形状”の追求。「重いものを持つ時って、手を大きくひろげてガッシリ握りますよね。それと同じです」そう語るTKO氏は、その上で持ちやすさと見栄えを追求しているのだと続けた。

当初から、見た目のカッコ良さにコダワリがあったと話す、赤×木製のグリップ。イメージ自体は試作段階のそれに表れているものの、これを実際に量産化できるのか、実使用に耐えるものとして仕上げることが可能となるのかは、まだわからなかった。「本当にただただカッコいいものを、と思っていましたが、ミロクさんがそのまんま実現してくれました」と実際の製品を手に目を綻ばせるTKO氏。アニキも「あまりにもイメージどおりの仕上がりでちょっと感動してしまいました」と言葉を重ねる。

また、ピタッと手にはりつくグリップ感に感動したというTKO氏。ミロクは猟銃のほか高級車の木製ステアリングも手がけているわけだが、車のハンドルもカメラのグリップも同じく“ずっと握っている”もの。グリップ性の探究は、ミロクの研鑽も注ぎ込まれる事で、妙味のある仕上がりとなっているわけだ。さらにTKO氏はミロクの加工はパーツとパーツの合いもひじょうに高い次元にあるのだと指摘。飛び込みでの依頼からスタートしたグリップづくりは、ある意味で利益を度外視した関係に発展。こうしたら、ああしたら、といったモノづくりの探究となり、職人たち自身が追い込むことを楽しむようにする中で生まれているのだと続ける。これも小ロット生産だから可能になったことだといえようか。まさに奇跡的な出会いと、モノづくりに情熱を傾ける人々の姿が、そのグリップには宿っているのだ。

カタチにできない理由がひとつもあがらなかったとTKO氏は言う。むしろ、生産現場では「どうすればこれを形にできるのか」という議論はあれども、否定的な姿勢は微塵もなかったのだと続ける。そこにはモノづくりに対する人々の共鳴があったのだろう。もっとこうしたら、であったり、こういうこともできる、といった意見が自然と集まってくる場にもなっていったのだという。何やら面白そうなことをしている、という研究会的な集まりが、徐々に人を引き寄せて輪を広げていくイメージだと表現するのが適切だろうか。利益とは別の次元で、そうした創意工夫自体を楽しんでしまう、つくり手たちの顔が浮かんでくるようだ。工業製品でありながら、J limited 01にはどこか人間的な暖かみが宿っていると筆者は感じていたのだが、それはこうしたつくり手たちが楽しそうに仕上げているからこそなのかもしれない。

マウント部

マウント部にはデュラテクト加工が施されている。本加工はシチズン時計株式会社の協力を得て実現したもので、KP J limitedでも採用されている。マウントの機能性を損ねない表面処理をずっと探していたのだと話すアニキ。長くチタンコートをマウント部の仕上げに用いる手法を探し求めていたのだとTKO氏と声を揃える。

そのアプローチは10年以上に及ぶ。何度トライしても失敗に終わることを繰り返し、チタンコートをマウント部に施すことは不可能と社内では言われていたのだと続ける。それでもバイクのサスペンションや工具のコーティングに使われているのだから、「絶対にできる」と信じ続けてきた結果、今回シチズンとの出会いにより実現の途が開いたのだと話す。直近では、富士フイルムのミラーレスカメラX-Pro3(デュラブラックおよびデュラシルバー)でも用いられている技術だ。

色味は、グラファイトカラーとしていたKP J limitedに対して、本モデルではまぶしいほどの輝きがあるイエローゴールドでの仕上げとなっている。このゴールド色こそ、求めていたコーティングなのだという。

加工ではイオン化したチタンをコーティングし、同じくイオン化したゴールドをコーティングすることでこの色味を実現している。コーティングは表面だけでなくマウント全体に及んでいる。上の写真とあわせてご覧いただければ、マウント内側まで金色の輝きがあることが確認いただけることだろう。聞けば、ネジに至るまでデュラテクトコーティングが施されているのだそうだ。

技術的な特徴は、表面硬度の向上のほか、表面の平滑性が向上する点もポイントだ。また、シチズンのデュラテクト加工はマウントとの密着性の高さもポイントなのだというTKO氏。確かにレンズ着脱時の操作は極めてスムーズ。ヌルッとした脱着感はちょっとした官能性も呼び起こすものとなっている。グリップもそうだが、足し算による拡張カスタマイズが製品が本来もっている以上の使い勝手が生まれている例は、決して多くはない。これもまた小ロット生産だからこそ追い込んだモノづくりができるということだろう。

側面から見ると、ちらりとマウント部の地金がのぞく。華やかなブライトゴールドの色味がブラックカラーのレンズとダークグリーンのボディとの間で、よいアクセントカラーとなっている。表面は無地で実直さを表現しながらも、裏地を華やかなデザインにすることで個性を主張する、そうした粋が宿っていると感じさせる部分だ

細かな部分にまでコダワリ

接眼部は丸窓タイプ(アイカップ MII)と通常のK-1 Mark IIに付属する角型の2タイプが同梱される。

右肩部の機種名ロゴも特別なデザインとなっている。カスタムブランドとして、メーカーだからこそできる部分として、こうしたところにもしっかりと手を入れていきたいのだと両氏は続ける。ロゴは製品を指し示すアイデンティティーであるのと同時に、その製品を愛してくれるユーザーのものでもあるのだと続けるTKO氏。だからこそ、カスタムモデルで提供する意義もあるとコメント。あくまでも、そのカメラを愛用してくれる人のために、という位置づけなのだと説明してくれた。

金属の「AOCo」マークはメッキでつくられている。製法自体はSRバッジと同じ加工方法が用いられているが、AとCの文字の頂点部分が極めてシャープに仕上げられていることがわかる。この部分を極力シャープに仕上げてほしいとする両氏の希望に対して、加工側は、新たに専用の工具をつくることで対応。それまでの工具では線が甘くなってしまっていたが、このようにシャープかつ精密な加工で実現してもらえたのだという。こうした細かな加工でも多くの協力が得られている。

左ボディ前面部に設けられた「AOCo」バッジ。AとCの頂点部分がかなり鋭角で仕上げられていることがわかる

PH-mode

同機のモードダイヤル上にはユーザー側で任意の設定を割り当てることができるモードが用意されているが(U1〜U5までの5つ)、これらの内、U4とU5にそれぞれ写真家オリジナルの画づくりが楽しめるモードがプリセットされている。

U5は、KP J limitedから引き続き吉村和敏氏の設定が、U4には瀬尾拓慶氏の設定が、それぞれ割り当てられている。残念ながら今回貸し出しを受けることができた機体は、まだ最終調整前のものとのことで実写画像を見ることはできなかったが、風景撮影に向き合う両写真家が見ている色、愛用しているセッティングからは学ぶところも多くありそうだ。ダイヤルをまわすだけで手軽にコダワリのつまった撮影体験ができることも特別モデルならではの楽しみとなっている。

長く愛用できる1台のために

フルサイズ一眼レフカメラらしい重量感はあるものの、本機は様々な合理性に基づくデザインが施されており、とても扱いやすいカメラに仕上げられている。試用機を手に数日間スナップ撮影で操作感を確認していったが、手にすっと馴染む感覚が得られ、自然に扱うことができた。

ボディに関する話題から少しそれるが、試用時にはHDコーティング化が完了したFA Limitedシリーズの中から、43mmを組み合わせることができた。31mm、43mm、77mmと特徴的な焦点距離で注目されているレンズだが、その中でも43mmはとりわけコンパクトだ。そのサイズはJ limited 01の突き出したペンタ部カバーが“ひさし”となるほど。一眼レフカメラらしい肉厚なボディとの組み合わせでは両の掌で包み込むようにホールドでき、手とカメラが一体となったようにも感じられた。

FA Limitedシリーズ中でも43mmは最もコンパクト。ちょうどペンタ部カバーのせり出しがレンズ先端部にかかる程のサイズ感となる

またボディ左側部も前側のラバーが外側に向けて盛りあがった形状となっている。これは、背面モニターを見ながら設定等を操作したり、再生操作時のホールドのしやすさを狙ったデザインだという。K10Dで「ウイング」という名称で用いられていた意匠で、本機で復活したかっこうだ。指先がかかる程度の深さではあるものの、しっかりと指がかかる形状となっており、自然なホールドが可能。そのデザインの意図を知らなくても、ごく自然につかむようにして操作していた。

撮影結果の歩留まりを意識するのであれば、認識系のAFなど、様々な補助が得られるミラーレスカメラのほうが、撮影自体はラクだ。快適な撮影性能はもとより、より確度の高い結果が得られることだろう。

だが、PENTAXの掲げるステートメントは、自分の手で撮影結果を追い求める、その過程にも重点を置いている。一眼レフカメラならではの撮影体験によせた同社の回答ということだが、そうした核の部分を考えると、本機もまたその考え方を形にしたモデルだと見ることができる。同ステートメントを体現する機種としては、APS-Cの新フラッグシップモデルたる「PENTAX K-3 Mark III」がそれにあたる。

だが、本機のもつ魅力や使い勝手もまた、そうしたステートメントに準じた魅力を備えていると感じられる。大きく見やすいファインダーに、さらに特別感のある外装仕上げが加わり、「カメラを手にする喜び」を体現しているからだ。同ステートメントの掲げる一眼レフカメラならではの撮影体験の追求は、撮影の楽しみそのものを改めて見つめ直す、ということでもあるだろう。そうした意味でも特別なデザインが施された本機で撮影するという行為は、それ自体が価値をもつはずだ。それはきっと無二の楽しさを撮影者にもたらしてくれる。

カメラなんだから撮ってナンボという部分があることは確かだが、手と目への楽しみもまた、カメラという製品の魅力。J limitedシリーズがコンセプトに掲げられている「どこに行くにも一緒で、使い込むたびに少しずつ自分のものになっていく。手の中に収まるひんやりとした合金の塊は、もはやカメラであっても単なるカメラではない。“写真を撮影する機械”以上の存在であった」というメッセージには、そうした考え方が込められているのだろう。各社各モデルが通常の撮影ではほぼ困ることのない撮影性能に達した今、ともに過ごす時間に重きを置いたモデルとしてのJ limitedシリーズ。本モデルが新しい価値観をつくり出していくものとなり得るのか、実に楽しみな展開だ。

J limitedシリーズ第2弾?

カスタムモデルを展開していくJ limited企画の正式な第一号製品について掘り下げてきたわけだが、忘れるわけにはいかないことがひとつある。そう、「J limited online event 2020 “Morning & Night”」で見られた、GR IIIのカスタムモデルの存在だ。

ちらりと聞いてみたところ、懐から取り出したるはという具合に実機が。まだまだ構想段階とはみられるが、真鍮の剥がれ具合やグリップ部の感触などが目にも楽しい。

実際に持たせてもらったところ、通常のGR IIIよりも明らかにずしりとした重みが感じられた。重さがあるといっても、それは持ち重りするという感覚ではなく、しっかりとホールドできる重量感といった印象。TKO氏によれば「これくらい重さがあるほうがスナップ撮影などでは、かえって安定性が得られると思います」とのコメントがあった。

左肩部およびトップカバーのセンターライン上には、すべり止めとしての役割も担うミゾが彫られている。グリップ感は良好で、ホールドもしやすくなっていた。両手でしっかりとホールドする際の力点となる部分なだけに、経年で塗装が剥がれていく楽しみも得られそうだ。という推測を裏づけるように、ちょうど指がかかる部分の地金がのぞく状態となっていた。また、よく観察をしていくと、一段せりあがったミゾの前後にも真鍮の地金がのぞく状態となっていることがわかる。この雰囲気だと、トップカバーをすべて真鍮製とする計画なのだろうか。だとすると、レンズ一体型機で真鍮部材をトップカバーに使用した製品としては「PENTAX MX-1」以来のカメラということになる。

本誌:宮澤孝周