The Wayback Machine - https://web.archive.org/web/20090206205321/http://www.nishinippon.co.jp:80/nnp/culture/kayou/20061129/20061129_001.shtml
トップ > 文化・芸能 > 九州歌謡地図
九州歌謡地図

第5部・井上陽水の世界<11>アイドル ビートルズとディラン

 井上陽水の音楽を語る上で欠かせない存在が、ビートルズとボブ・ディランである。陽水は彼らのことを「僕にとってのアイドル」と公言してはばからない。1962年に英国と米国でそれぞれデビューし、世界の音楽シーンに多大な影響を与えてきた彼らから、陽水はどんな影響を受けてきたのか。

 ☆‐‐‐☆

 先に出会ったのはビートルズだった。中学生のとき、ラジオから流れてきたメロディーとハーモニーにひかれた。だが、意外にも「音楽的な影響は、あまりないんです」という。

 陽水が気に入ったのは、ウイットに富んだ彼らの会話だった。例えばプロデューサーのジョージ・マーティンとの初対面で、「何か気に入らないことがあったら言いなさい」と促され、彼らが「あんたのネクタイが気に入らない」と返したというエピソードである。

 陽水は、冗談の源が自分と共通する地域性にあると感じた。ビートルズが生まれたリバプールは、大英帝国の産業革命を進展させた港町であり、古くは奴隷貿易の拠点だった。リバプールを訪れた陽水は「町や駅の姿が、昔はすごかったんだなあという栄華の夢を感じた」のだった。

 繁栄と衰退、人種的な差別や宗教的な対立を経験してきた港町の歴史は、陽水の古里・筑豊とオーバーラップした。

 「冗談っていっても、辛辣(しんらつ)だったり、武器だったりするわけです。厳しい世界を生きる知恵みたいに」

 あこがれと親近感が、陽水をビートルズにのめり込ませた。

 「誠実で冗談も言わないアーティストをすてきだと感じることもあるけど、どっかにね、冗談言わないとだめだってところがあるんです。根深くね」

 ☆‐‐‐☆

 ボブ・ディランの影響は、ビートルズに比べれば、より音楽的だった。

 上京以来、かわいがってもらっていた小室等の家を訪ねたとき、ディランのレコードを聴いた。歌は知っていたが歌詞カードを読むのは初めてだった。

 曲は「JUST LIKE A WOMAN」。

 「あっちいったりこっちいったり、脈絡のない詞なんだけど、テイクス、エイクス、メイクスって一生懸命に韻を踏んでるのがいい効果になっていた」

 韻を踏むことを優先することで、歌の物語のイメージを飛躍させられることに気が付いた。

 「どうやって書けばいいのか分かるような気がした。それからです、歌詞が『何言ってるのかわかんない』て言われ始めたのは」

 その直後に書いた詞が〈窓の外ではリンゴ売り 声をからしてリンゴ売り〉(「氷の世界」)である。

 ☆‐‐‐☆

 大胆に言い切れば、ビートルズとボブ・ディランの功績の1つは、恋の歌から逸脱し、時代を鋭く切り取るプロテスト・ソングをポップスという大衆の世界に持ち込んだことであろう。先鞭(せんべん)をつけたのはディランであり、ジョン・レノンだった。陽水はそう考えている。陽水が時代の光景を歌い続けるのも、その強い影響があってこそである。

 代表曲「傘がない」の歌詞〈都会では自殺する若者が増えている/今朝来た新聞の片隅に書いていた〉は、ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」にヒントを得た。それは、全共闘の時代が過ぎ、70年安保が終わった失意の時代を鋭く映し取ったものだと、当時盛んに論じられた。

 陽水は言う。「少なくとも全共闘とか、そういうことを思い浮かべて作ってはいません。でも、人間って、自覚しているだけが自分ではない部分もある。違うところで生まれた歌が、たまたまある時代を映している気がして、支持されたりするものですよね」

 彼の歌は、常に時代との関係を語られる。それは、ビートルズやディランという「アイドル」の精神を自らに取り込んでいることの証明、といっても言い過ぎではないだろう。

 =敬称略
 (塚崎謙太郎)


 ●私の3曲
 能古島の片想い
 白いカーネーション
 人生が二度あれば

 ▼小島拓さん(67) 能古島に10年近く住んでいたことがあります。働いていた売店にある朝、「新聞ありませんか?」という声。背の高い2人の男が立っていました。よく見ると、すっぴんの陽水と高校生くらいの息子さんでした。「陽水さんでしょ?」と聞くと、「はい、そうです」。びっくりした思い出があります。この店では「能古島の片想い」と「白いカーネーション」をCDにして販売していました。地名は歌詞に出てきませんが、島の感じと青春の心模様がよく出ていました。 (福岡市西区)

=2006/11/29付 西日本新聞朝刊=

2006年11月29日15時14分



>> 九州歌謡地図 記事一覧