防弾チョッキ提供
ウクライナに武器輸出?

3月8日の深夜、愛知県の航空自衛隊小牧基地から飛び立った1機の自衛隊機。
載せていたのは、ロシアの侵攻を受けているウクライナへの支援物資、自衛隊の防弾チョッキとヘルメットだった。
日本が、まさに武力衝突が起きている国に、しかも、武器=防衛装備品の防弾チョッキを提供することは、前例がなかった。
どのようにして前代未聞の支援が決まったのか、関係者への取材から深層に迫った。
(立石顕)

きっかけは1通のレター

2月末、防衛大臣・岸信夫の手元に、英語で記された1通のレターが届いた。
差出人は、ウクライナ国防相のレズニコフ。
直筆のサインも添えられていた。

「ウクライナ国民とウクライナ軍はロシアからの全面侵略を撃退している。親愛なる閣下に対し、この機会に、ウクライナへの最大限の実用的な支援、すなわち防御用の兵器、兵站、通信、個人防護品の物品供与をご検討いただけないか、お願いします」

レターの日付は2月25日。ロシアによる軍事侵攻が始まった翌日だ。
遠く離れた日本の防衛大臣に、軍事的な支援を要望する内容だった。
そして、ウクライナ軍が特に必要としている支援物資のリストがずらりと並んでいた。

対戦車兵器、無人航空機…

「ウクライナ軍は、特に、対戦車兵器、対空ミサイルシステム、弾薬、電子戦システム、レーダー、通信情報システム、無人航空機、防弾チョッキ、ヘルメットが深刻に不足している。私は日本とウクライナの連帯が強固であることを信じている」

レターを読んだ防衛省幹部の1人は、戸惑いを隠せなかった。
確かに、ロシアによる一方的な侵攻は、国際秩序の根幹を揺るがす行為だ。
日本もウクライナの主権と領土の一体性を支持しなければならない。
しかし、ウクライナに軍事的な支援を行うことは「不可能ではないか」というのが率直な印象だったという。

「日本には『防衛装備移転三原則』がある。殺傷能力のある武器は絶対に提供できない。しかも、軍事侵攻を受けているさなかの当事国への支援は難しいのではないか」

「そもそも、弾薬なんか要求されても、旧ソ連系の兵器を使うウクライナ軍に、口径も違う日本の自衛隊が使う弾薬を送っても意味がない」

防衛装備移転三原則

「防衛装備移転三原則」。以前は「武器輸出三原則」と呼ばれていた。
武器は海外に輸出しない、昭和40年代から日本政府が堅持してきたルールだ。
これが平成26年に「防衛装備移転三原則」に衣替えして、厳格な審査のもと透明性を確保して、一部、解禁された。

「安全保障環境が厳しさを増し、複雑・重大な国家安全保障上の課題に直面するなどして国際協調主義の観点から積極的な対応が不可欠だ」などという理由だった。

ただ、武力衝突が起きている国への供与は前代未聞だ。
ウクライナ側の要望に防衛省幹部が戸惑ったのも当然だった。

岸も当初、日本ができる支援の枠組みを超えるものばかりだと感じたという。しかし、国際社会や日本の安全保障に与える影響を考えれば、ここでウクライナの要望を無碍にすることはできない。判断を迫られた岸は、こう指示したという。

「何かできることがあるはずだ。できることを探せ」

岸の命を受けた防衛省幹部は、至急、国家安全保障局、外務省、経済産業省などの関係省庁に対し、日本が提供できる支援物資を選定するよう話を持ちかけた。
ここから、怒濤の調整作業が始まることになる。

各国は“異次元”の軍事支援

「できることを探せ」
岸がそう指示した背景には、ウクライナへの前例のない軍事支援に乗り出す世界各国の姿があった。

防衛省のまとめによると、3月18日現在、NATO=北大西洋条約機構の加盟国を中心に23の国とEUが、ウクライナに軍事支援を行っている。

軍事支援の中心的な兵器が、対戦車ミサイル「ジャベリン」や、携帯型の地対空ミサイル「スティンガー」だ。
いずれも、持ち歩きが容易で機動性が高く、実際、ロシア軍の戦車や戦闘機の進軍を食い止めるのに大きな威力を発揮しているという。

軍事支援の規模で突出しているのがアメリカだ。
軍の部隊を派遣することは「第3次世界大戦につながりかねない」などとして、明確に否定しているが、ジャベリンの供与を中心に、追加的な支援を相次いで打ち出し、軍事支援は、バイデン政権の発足後、3月16日までに、あわせて20億ドル以上、1ドル=120円で計算して2400億円を超える規模に上っている。

これまでの防衛政策を大きく転換した国々もある。
ドイツは、ロシアによる侵攻開始のおよそ1か月前の1月26日、ヘルメット5000個を送ることを表明。しかし、ウクライナやドイツ国内の失望や不満を招いたことなどを受けて、その後、紛争地に武器を送らないという原則を転換。2月26日には、対戦車ミサイルやスティンガーなどの供与を発表した。
NATO非加盟で中立国でもあるスウェーデンやフィンランドも、対戦車兵器の供与を相次いで発表した。
アジアでは、韓国が軍服や装具類を、台湾が医薬品や医療器材の支援を表明した。

「日本だけが取り残されるのではないか」
こうした世界情勢の中で日本に何ができるかが問われていたと、防衛省幹部は振り返る。

自衛隊法の“壁”

日本がウクライナの要望に応えられる支援はあるのか。
岸の命を受けて始まった政府内の検討で、いくつかのハードルをクリアする必要性が浮上する。

その1つが「自衛隊法」だった。
自衛隊法の116条の3は、開発途上にある国などに、自衛隊の装備品を譲与したり、廉価で譲り渡したりできるとする条文だ。
結果的に、政府が今回の支援で使ったのはこのスキーム。しかし、条文で武器と弾薬は送れないことになっている。殺傷能力があるためだ。
このため、レズニコフがレターで求めていた、対戦車兵器、地対空ミサイル、弾薬などを送ることは不可能だった。

殺傷能力のある武器・弾薬を除いて、何を送ることができるのか。
関係者によると、政府は、東京都内にいるウクライナの武官などと意見交換しながら、具体的な支援物資をリストアップしていったという。

絞られたリスト

その結果、候補として絞られたのは次の物資だった。

〈第1優先〉防弾チョッキ、ヘルメット、テント、発電機、防寒服、毛布、軍用手袋、カメラ、ブーツ。
〈第2優先〉医療器材、白衣、医療用手袋。

しかし、簡単にはいかない。
問題になったのは、防衛装備移転三原則の細かなルールを定めた「運用指針」だった。

防衛装備移転三原則では、一部、武器などの防衛装備品の輸出が解禁されたが、「厳格な審査」と「透明性の確保」が謳われ、輸出が可能なケースがルール化されている。

「紛争当事国」?

その第1原則では「紛争当事国」への輸出は禁止されている。
ロシアの軍事侵攻に対して武力で立ち向かうウクライナは、「紛争当事国」に見える。
しかし、外務省によると、防衛装備移転三原則で定義する「紛争当事国」は「国連安保理の措置を受けている国」。
現在、該当する国はなく、過去に遡っても朝鮮戦争下の北朝鮮と湾岸戦争下のイラクしか該当しないのだという。

ウクライナは「紛争当事国」ではないとして、防衛装備品を送れる可能性は残された。
しかし、この原則以外で「運用指針」に引っかかることがわかったのだ。

当初、防衛装備品にあたると考えられていたのは、防弾チョッキとヘルメットだった。
防衛装備品に該当するかどうかは「輸出貿易管理令」で細かく定められていて、「防弾衣」と「軍用ヘルメット」が記載されている。

しかし、同盟国でもなく、物品などに関する相互協力の協定を結んでもいないウクライナに防衛装備品を送る場合は、目的が「救難、輸送、警戒、監視、掃海」の5つに限定される。ロシアによる軍事侵攻が続いているウクライナは、どのケースにも当てはまらなかったのだ。

運用指針“違反”となるため防弾チョッキとヘルメットは送れない。
しかし、殺傷能力のある武器ではないし、ウクライナも必要としている。何とか送れないものか…。

“奥の手”

ここで浮上したのが、運用指針の“変更”だった。
政府は、ウクライナを「国際法違反の侵略を受けている」国と明記。
その上で、今回のやむをえないケースに限定するという形をとり、運用指針に新たな1項目を加える案をひねり出し、防衛装備品の防弾チョッキを送れるようにしたのだった。

政府の動きは早かった。
与党の自民・公明両党への説明を急ピッチで進め、運用指針の変更を図る。レズニコフからのレターが届いてから政府の方針決定・輸送開始まで、1週間余り。
「異例のスピード」(政府関係者)での決着となり、初めて自衛隊の防弾チョッキが他の国に提供されることになった。

一方で、ヘルメットは、防衛装備品の「軍用ヘルメット」に該当しないと政府は判断した。
今回、ウクライナに送る「88式鉄帽」というタイプのヘルメットは、民間で類似の物が販売されていることなどが、その理由とされた。

土壇場で慎重論

政府は、運用指針の変更によって提供が可能となった防弾チョッキのほか、ヘルメットを支援の第1便として送ることを決め、3月8日、政府・与党内の手続きを済ませ、その日のうちに自衛隊機を出発させた。

関係者によると、実は、政府内では、一時、ヘルメットの提供を見送る案があった。
政府が防弾チョッキとヘルメットを送るという方針を発表したのは3月4日。
その前日の3月3日の内部資料には、ヘルメットの記載がなかった。
前述のドイツが批判を浴びた経緯を踏まえ、官邸サイドから躊躇する意見が出たためだったという。
土壇場でこうした慎重論も出たが、ウクライナが強く求める物資だったため、最終的には送ることになった。

その後も政府は、自衛隊の輸送機に加え、民間機やアメリカ軍の輸送機も使って、支援物資を送り続けている。

さらなる提供は?

ウクライナ側からは、さらなる支援を求める声が寄せられている。

第1便が出発した翌日の3月9日、岸と面会した駐日ウクライナ大使のコルスンスキーは、防弾チョッキやヘルメットなどの提供に謝意を伝えた。
その一方で、20余りの物資を新たに要望。
この中には、戦闘用ナイフや銃の照準器なども含まれ、ウクライナは、殺傷能力のある武器の支援を求める姿勢を崩していない。
ただ、政府関係者は、防弾チョッキが日本が提供可能な「ギリギリの防衛装備品」だとしている。

「この方法しかなかった」

政府の“奥の手”とも言える運用指針の変更。
泥縄式に拡大解釈されていく心配はないのか。
岸は、今回の対応で、防衛装備移転三原則が「形骸化することはない」と強調する。

安全保障政策や防衛装備品の移転に詳しい拓殖大学国際学部教授の佐藤丙午は、懸念を示す一方、やむをえない対応だったと理解も示す。

(運用指針を変更して防弾チョッキを送ることにした政府の判断について)
「『こういうやり方でいいのかな?』とは思った。以前の武器輸出三原則では、官房長官談話を発表することで例外措置を重ねてきたが、それをいまの防衛装備移転三原則にする際に、移転できる範囲を厳密に決めて、『これ以降、例外措置を設けない』ということで運用指針ができた。それなのに、それをいとも簡単に変えてしまった。一方で、当初から硬直的と言われてきた防衛装備移転三原則を、政治判断で運用指針を変更することで障壁を突破する道をつくったことはプラスにも評価できる。今回のケースでは、政府がとった方法しかなかったのではないか」

くすぶる不満も

「日本にとって、決して対岸の火事ではない」
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、最近、政府内でよく聞かれるフレーズだ。
今、政府内にある危機感は、今回のロシアの力による一方的な現状変更の試みを国際社会が許してしまえば、アジアでも同じような事態が起こりかねないということだ。
東シナ海や南シナ海では中国が海洋進出を強めていて、「台湾有事」という言葉も聞かれる。

今回、政府は、ウクライナに限定する形で防弾チョッキを送れるようにする見直しを行ったが、自民党内には、ウクライナに限定するのではなく、他の国・地域にも送れるように対象をもっと拡大すべきだったという不満もくすぶる。
もし今後、ウクライナ以外の国・地域で同様の事態が起きたら、国際社会の中で、日本がどのような立場をとり、対応すべきなのか。

日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、政府は、防衛力を抜本的に強化するため、防衛政策の大方針を定めた安全保障関連3文書=「国家安全保障戦略」「防衛大綱」「中期防衛力整備計画」を、ことしの年末までに改定する方針だ。

日本の平和と安全を守るために、どのような施策が必要なのか。検討が急がれる。

(文中敬称略)

政治部記者
立石 顕
2014年入局。甲府局、福島局を経て20年から政治部。菅政権の総理番を経験した後、防衛省担当に。現在は岸防衛大臣の番記者。