提供:リージョナルフィッシュ、DAIZ、ネイバーズファーム
Business Insider Japanはビジネスカンファレンス「BEYOND MILLENNIALS 2022(ビヨンド・ミレニアルズ)」を1月24〜28日に開催した。4回目となる今回は、社会課題をビジネスで解決しようと挑戦するミレニアル世代・Z世代を表彰するアワードと、今注目すべきビジネステーマを深掘りするトークセッションをオンラインで開催した。
1月26日には、「ツクリテたちと考える、食の未来」をテーマに、ゲノム編集を使った水産物の品種改良に取り組むリージョナルフィッシュ代表取締役社長の梅川忠典さん、IoTを活用した都市型農業に取り組むネイバーズファーム経営者の川名桂さん、そして植物肉ベンチャーDAIZのエンジニア、佐々木邦さんが登壇した。
Business Insider Japan
—— まず、みなさんが携わっている事業について紹介をお願いします。
梅川忠典さん(以下、梅川):リージョナルフィッシュでは、「ゲノム編集」による水産物の品種改良と、スマート養殖を組み合わせた次世代の生産養殖システムの開発を行っています。
現代では、農産物や畜産物のほぼ全てが品種改良されています。しかし、水産物では品種改良されたものがなく「天然物が美味しい」とされている。
京都大学のゲノム編集技術と近畿大学の完全養殖技術を合わせて、水産物の品種改良を行い、新しい地魚を作って水産業を支えてきた地域を盛り上げていきたい、という思いで事業を進めています。2021年、世界で初めてのゲノム編集動物食品である可食部が多く必要な飼料が少ない「22世紀鯛」と、高成長の「22世紀ふぐ」を発表しました。
川名桂さん(以下、川名):3年前に東京都日野市で2000平米ほどの農地を借りて、「ネイバーズファーム」という農園を開設しました。主にトマトを栽培しているのですが、二酸化炭素や日射量などをコントロールする「環境制御」の技術を取り入れることで、狭い面積で高い生産性を目指しています。
さらに、直接近隣のお客様や直売所で販売することで、流通などを介さない新しい消費の形を実現したいと思っています。街づくりや人と人のつながりなど、昔から農業が持っていた価値を都市農業を通じて住民に届けていくことを目標にしています。
佐々木邦さん(以下、 佐々木):DAIZという植物肉ベンチャーで代替肉の研究開発をしています。DAIZでは、「落合式ハイプレッシャー法」という独自の技術を使って、代替肉市場の中でも「プラントベースミート」と呼ばれる植物肉を開発しています。この方法は、大豆を発芽させることでグルタミン酸などのアミノ酸を急増させる技術です。この発芽した大豆を原料として使うことで、美味しい植物肉ができています。
テクノロジーが変える「食」
リージョナルフィッシュが開発した、ゲノム編集によって肉厚になった「22世紀鯛」。
提供:リージョナルフィッシュ
—— リージョナルフィッシュでは「ゲノム編集」という技術を使っているそうですが、どういう技術なのでしょうか?
梅川:ゲノム編集にはいくつか種類があるのですが、私たちはその中でも一番シンプルな、(もともとその生物が持っていた)遺伝子の一部を切り取って、その遺伝子の機能を失わせるという手法を使っています。よく「遺伝子組換え」との違いを聞かれるのですが、遺伝子組換えは、ある生物に別の生物の遺伝子を入れて新たな特性を付与するものです。例えて言うなら、植物に細菌の遺伝子を入れるようなものです。
ゲノム編集では、別の生物の遺伝子を入れるわけではなく、品種改良と同様に、その生物の持つパフォーマンスを上げているだけです。形状が良いものを抜き出し選抜するような技術の類型です。
—— ゲノム編集されたといっても、畜産動物や野菜の品種の違いのようなものということでしょうか?
梅川:そうですね。天然物の牛は400年前に絶滅していますし、猪は、豚になるまで品種改良されています。人類は動物や植物を有用な形質にすべく品種を改変してきました。同様のことを水産物でやろうとすると30年くらいかかるのですが、ゲノム編集だったら2、3年で済みます。
—— 品種改良した魚と、していない魚では味などに違いはないのでしょうか。
梅川:違いはあまりないです。2021年には「22世紀ふぐ」というトラフグも販売しましたが、こちらはほとんど変わりません。ただマダイに関しては、筋肉の繊維が大きくなった分、食感が柔らかくなったようです。
——「ゲノム編集が品種改良と同じ」ということなら、天然のマダイで同じように大きな筋繊維を持つマダイがいれば、同じような変化が起こっていたかもしれないということですか?
梅川:そうですね。天然魚も調べてみれば同じ種でもめちゃめちゃ遺伝子に違いはあるので。
DAIZで生産されている、乾燥した植物肉の原料。
提供:DAIZ
—— DAIZの佐々木さんに伺いたいのですが、「代替肉」「植物肉」という言葉は2年ほど前からよく耳にするようになりました。いわゆる普通の肉とはどう違うのでしょうか?
佐々木:代替肉は原料の違いから、植物由来だったり昆虫由来だったり、培養細胞が使われていたりするものもあります。今、スーパーなどの市場でよく見られるのは、我々が生産しているような「植物性」の代替肉です。
動物由来の肉と比べ、環境負荷が低いことやヘルシーにタンパク質を摂取できるという点で大きく違うと思います。
牛肉は、ウシを飼育するためのエサや水、肥育施設の維持、加工後の流通などに多くのエネルギーと時間がかかります。さらに、ウシが出すメタンガスは温室効果の大きな原因です。植物肉は、原料が大豆やエンドウ豆ですので、肉よりも短い時間と小さいエネルギーで消費者に届けることができます。
—— 代替肉の「研究開発」となると、世界ではどういった研究がなされているんでしょうか?
佐々木:多くの代替肉はタンパク質を熱で変性させるタイミングや程度によって肉のような食感を再現しています。世界的には、食感だけではなく味や色、風味などを肉に近付けようと各社研究しています。
弊社であれば、植物肉を食べて「お肉じゃないな」という違和感をとことんなくすために原料にこだわっています。
—— 川名さんのネイバーズファームでは、IoTを使った農業を営まれていると聞いています。具体的にテクノロジーをどう導入しているのでしょうか?
川名:例えば、ビニールハウスは昔からあると思うのですが、温度管理をするにも、太陽が出て暑くなったら入り口を開けて、夕方寒くなったから閉めようかなという程度です。
「環境制御」という手法は、水や肥料の成分、温度、湿度、日射量、二酸化炭素濃度など、あらゆる因子を細かくコントロールして、植物の光合成速度を最大化させようという技術です。環境制御は生産性が高く、10アールあたり7トンや8トンだった日本のトマトの平均生産量も、20トン、30トンと達成することができます。都市農業のような小さい面積でも十分に経営が成り立つくらいの収量が取れるというのが環境制御の特徴です。
トマトは水と肥料の与え方に収量や味が左右されるので、どういった味のトマトを栽培するのかなどブランディングという面でも差別化できます。
川名さんが運営するネイバーズファームは主にトマトを栽培している。
ネイバーズファーム
—— 川名さんはそういった農業をあえて都市部で営んでいますが、なぜ都市部なのでしょうか?
川名:私は大学卒業を機に農業法人に就職し、福井県で大規模トマト栽培施設の立ち上げや流通業務に携わっていました。しかし、地方で大量生産し、都市で安く消費するという形を見ていく中で、消費と生産の現場が分離してしまっていることが大きな問題だと感じるようになりました。流通面でもかなりの無駄を生んでいますし、非効率ではないかと。
そこで、都市型農業を通じて必要な分だけを栽培する「小さい食の経済圏」を築くことができれば、今後縮小していく社会の中で、効率的で持続可能な農業の構造を作れるのではないかと考えています。
—— 環境制度による収量の増加やブランディングができれば、小さい経済圏でも生活が成り立ちそうですね。リージョナルフィッシュでは、ゲノム編集による品種改良と両立して、ネイバーズファームと同じ用にIoTを活用した陸上養殖に取り組まれていますよね。なぜ養殖まで手掛けていらっしゃるのでしょうか?
梅川:川名さんはコンパクトな農業ということですが、水産業は逆にさらに規模を大きくしていかねばならないと思っています。
日本の水産業における生産量と従事者は、この30年で3分の1まで落ちています。
水産業を支えてきた地域は田舎にあることが多いので、従事者が減少して、水産物がどんどんとれなくなっていくと、地域ごと沈んでしまうんです。これを、テクノロジーで何とかできないかなと考えています。
陸上養殖というのはビニールハウスで育てるようなものです。AIで最適な条件を整えたり、給餌を自動でやったり、そういう省力化が進んでいけば、今まで水産業は「力仕事ばかりで男性の産業」とされていましたが、女性や高齢者も働き手になれるのではないかと思っています。
川名:農業も、一昔前と比べると女性の労働者が増えています。特に、トマトは土を使わない栽培方法もあるので、重労働が軽減されています。また、機械も操作しやすいものが開発されているので働きやすい環境になりました。一方で、経営者となると女性はまだ少ないですね。
—— 農業と水産業は、テクノロジーを取り入れることで既存の産業を持続可能な形にする試みが進んでいるように感じます。一方で、代替肉は既存の畜産業とは別の、新しい取り組みと言えるような気がします。
佐々木:代替肉は、もともと「持続可能な社会」を実現するために必要とされたことから生まれました。2050年には世界人口が100億人を突破すると言われており、そのとき、現在の農業のあり方では、タンパク質の需要と供給のバランスが保てなくなると考えられています。
代替肉は、その解決策として登場しました。
—— 人口が増えたからその分だけ肉牛を増やそう、というのは難しいところがあると。
佐々木:そうですね。やはり、環境負荷が今の畜産だとなかなか厳しいというところがあるので。
それから、近年の食品とテクノロジーの融合(フードテック)によって、昔の大豆ミートブームの頃にはなかった技術や材料が利用できるようになり、日常的に食べやすい商品が出てきたことも最近注目されるようになった要因だと思います。これからは、環境と健康のために植物肉を選択肢に加えてほしいです。
——リージョナルフィッシュが「飼料が少なくても、食べる部分が多いマダイ」を品種改良して作っているのも、タンパク質不足という課題にアプローチする側面からだったりするのでしょうか?
梅川:そうですね。そういった意味で、我々はよく「他の水産物がライバル」と言われるんですが、そうではなくDAIZさんを(タンパク質不足にアプローチする)ライバルとして、「DAIZさんが作った植物肉とうちの魚どっちが美味しいですか」というようなフェーズにまで持っていきたいなと思ったりもしています。
それぞれが描く未来の食の形
リージョナルフィッシュが開発した22世紀ふぐの刺し身。ネイバーズファームで栽培された野菜。DAIZの植物肉を使ったハンバーガー。
撮影:山﨑 拓実
—— 最後に、それぞれの分野でこの先、どのようなチャレンジをしていきたいと考えていますか?
佐々木:植物肉については、メーカーとして、科学的にも質的にも使いやすい原料を提供していく義務があると思います。動物肉と植物肉が半分ずつのハンバーグも作っていますが、今後はさらに植物肉の割合を増やせるようにしたいですね。動物肉と変わらない味にするための技術がやはり必要になってくると思います。
また、植物肉を食べるメリットとして、SDGsへの貢献だけではなく、健康にも良いということも伝えていきたいです。
川名:都市農業を行う立場として、農業と生活が遠い(都市の)方々を農業へ近づけて、理解を深めてもらうことが大事だと思っています。
環境制御の技術は、資源を投入しているので、環境破壊的だと言われることもあります。投入する資源や、暖房に使う化石燃料を再生可能なエネルギー化するなど、生産性を維持した上での持続可能性を追求していきたいなと思っています。
農業の「生産」という一番大事な部分と「持続可能」な部分がこういった形で実現できると都市の方たちと一緒に理解して、生産・消費をしていくのが理想な形だと思っています。私は研究者ではないですが、現場レベルでしっかり実践して経営として成り立たせていくことを実践したいと思っています。
梅川:ゲノム編集した水産物を普及させていくことを考えたとき、「安全」と「安心」の2つを満たす必要があると思います。
「安全」という科学的な意味においては、かなりの自信があります。マダイとトラフグは、厚生労働省から食品としての安全性は従来の食品と同程度、さらに、農林水産省からは生物の多様性に悪影響を及ぼさないと認められており、科学的には安全と言えます。これを「安心」に変えていかなきゃいけない。
私たちは、21人の社員のうち研究者が16人いて、そのうち10人が博士号を持つ体制でやっています。そういう背景もあって、「ゲノム編集を実施して、そこから養殖して安全性の確認をして加工する」という全てにおいて、誇りをもって取り組んでいます。そこに思い入れもあります。
ECサイトでの表示の際にも「ゲノム編集という品種改良に分類される技術を使用しています」としっかり説明して、納得、応援していただける方に買っていただき、その輪を広げていく。そういった活動を通じて「安全」が「安心」に変わっていくことが大事だと思っています。